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紹介内容
<方広寺>
宗派:
・宗派は 天台宗
・開基は 豊臣秀吉
・開山は 古渓宗陳
本尊:
・盧舎那仏
創建/建立時期:
・1595年(文禄4年)
<豊国神社>
主祭神:
・豊国大明神[とよくにだいみょうじん]
摂社/末社:
・貞照社
※正室「寧々[ねね](高台院[こうだい いん])」が祀られている。
創建/建立時期:
・1599年
方広寺は、豊臣秀吉が「刀狩り」で集まった各武器の鉄などをリサイクル目的で、
建立を命令したことで作られた「京都大仏殿」になります。
建築などの人材については、「太閤検地」で判明した石高を定規にして、
各大名が作業者を派遣により作られました。(初代の大仏)
完成してまもなく、
秀吉の居城である「伏見城」の大破したという、
京都が震源と推察される大地震で大仏も倒壊。
という歴史があります。
その後に豊臣秀頼が大仏を再建、(二代目の大仏)。
大きな釣鐘も設置されたが、釣鐘に刻印の文言のうち、
「国家安康」「君臣豊楽」について幕府が異を唱えたことで、
大坂の陣になってしまって、
豊臣家が滅亡すると、賊により大仏が破壊されてしまった。
江戸幕府が三代目の大仏を再建するも、
1798年(寛政10年)に落雷で消失してから、仏像の再建は行われず。
明治になって、明治天皇の建立命により、
秀吉を主祭神にする「豊国神社」がかつての方広寺の境内に建立。
豊臣寧々(秀吉の正室)も「摂社の貞照社」の主祭神として迎えられてます。
近年では、京都十六社巡りの対象神社となっており、
シーイーが三箇日に必ず参拝している神社です。
アクセス:
・京阪電鉄「七条」駅から西へ150m(京都国立博物館があり)
「大和大路七条」の交差点を北へ100mほど
・京都市バス「七条京阪前」ないし「博物館三十三間堂前」下車
「大和大路七条」の交差点ヘ向かい、北へ100mほど
・車では「大和大路七条」の交差点を北へ100mほど
境内に駐車スペースが若干あります。
<CE見聞録>
豊臣家に関する色々な寺社が、江戸初期に破却されているので、
倒幕以降に明治天皇にて再興されたひとつになります。
現在も上記の釣鐘が隣にありますので、一緒にみてあげてください。
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